学校で困ったとき・先生を頼りたいとき

2018年5月30日

『おそい・はやい・ひくい・たかい』連載
小学校教員
岡崎 勝

この連載は、親御さんや学校で働くみなさんがもつ悩みや困ったことに、「お・は」編集人のボクが率直に答えていく連載です。
炎上覚悟(笑)! どうか、「参考」になればと思います。
もちろん本誌も読み応えがありますから、そちらもどうぞ。

 

連載1 宿題が多すぎるんですけど!

 

 

そもそも宿題は、本当は不必要です。宿題がなんであるのかというと、経験的にいうと次の3つに尽きるからです。

1)家庭でとりくむ課題がないと、「うちの子ちっとも勉強しません。先生、宿題を出してくださいよ」とうるさい親に文句をいわれるから。

2)子どもの勉強は、学校だけではできるようにならないように学校のシステムができているので、補充がどうしても必要。でも、だからといって宿題をやればできるようになるとはかぎらない。だがしかし、やらせないとできる可能性(まあ、1〜3%くらいだけど)すら出てこないから。

3)教師が自分のいうとおりに(別名「指導」)子どもが動いているかを確認するため。ちゃんと宿題をやっているのか、すみずみまで自分の指導が行き届いているかを、家庭、つまり私的領域まで広げて、その効果を確かめるための「確認作業」をしている。

こういうとめちゃくちゃ怒る人がいるけれど、そうなんだからしょうがない。

主観的に善意でも、客観的には、宿題をやったかやらなかったかは、要するに「先生のいうことをちゃんと聞いとるか?」というメルクマールになっている。

だから、勉強のできない子が、四苦八苦やったら、「先生のいうこと聞いて努力しとるなあ、えりゃーえりゃー(偉い、偉い)」と褒めてもらえるのです。

でもって、ボクは、半分冗談、半分本気で こういうアドバイスをしています。

A)30分くらいやって、残りは「時間がなくて、眠くて、明日の学校に差し支えるといけないので、やらせませんでした。申し訳ありません。母より」とメモを宿題ノートに貼りつける。

B)「今日は、家庭で大事な用事があったので時間がなくてできませんでした」と連絡帳でもなんでもいいから書いておく。

C)親など身内がやる。文字は自分なりの文字でよい。「宿題が多すぎるから、子どものかわりに親がやったんだぞ! ちょっとは家庭の事情も考えろ!」とアピールする。

以上は、その場しのぎの方法です。で、正しい「異議申し立て」としては、

D)私どもでは、家庭で学校の宿題を子どもにやらせることを拒否します。理由は、家庭では子どもが自由に友だちと遊んだり、自分の身のまわりの生活ことにとりくんだり、塾や習い事に通ったり、家族や地域のために仕事や家事・掃除など手伝いなどをさせております。よって本人がゆとりのあるときにしか宿題をしませんので、よろしくお願いします。

ときどき、「自由学習」とか「家庭学習」などというノートを作って、「自由に勉強をしなさい」という先生もいます。ボクも、高学年に1週間に1〜2度 「自由勉強」なるものを、子どもに出したことがあります。

それでも、こういう「自由」はかえって不自由で、結局、計算ドリルや漢字練習ばかりしているので、「もっといろいろ考えろやー!」といって、「見本」をいくつか出しました。たとえば、

・公園へ行って、子どもと大人、男女、年齢などの統計。インタビュー「なぜここに来たのですか?」などなど。
・近所の人気のお店見学。試食にチャレンジ……など。

まあ、おもしろいことを宿題にしてしまえばいいのです。

いずれにしても、やりたくない勉強をむりやり家庭でやらせて、親子でバトルができるなら、それはそれでいいことだと思います。

少なくとも、宿題をやるために、関係がとり返しのつかなくなるほど悪くなるのなら、宿題なんかやめたほうがいい!

 

結論
「宿題は、少しやればいい!」

 

 

 

 

 おかざき・まさる

1952年愛知県名古屋市生まれ。小学校教員43年め。フリースクール「アーレの樹」理事。1998年より「お・は」編集人。きょうだい誌「ち・お」編集協力人も務める。著書に『きみ、ひとを育む教師ならば』『ガラスの玉ねぎ こどもの姿を写し出す1年白組教室通信』(ともに小社刊)、『みんなでトロプス!』(風媒社)、『学校再発見!』(岩波書店)、『新・子どもと親と生活指導』(日本評論社)、『センセイは見た!「教育改革」の正体』(青土社)、共・編著に『友だちってなんだろう』(日本評論社)、『がっこう百科』(小社刊)など。