障害のある子は、普通学級に行けないの? 

2018年8月3日

『おそい・はやい・ひくい・たかい』連載
小児科医
山田真

連載28 「適格者主義」の考え、いつどこから?

◆前回までのお話
小児科医・山田真さんの娘・涼さんは知的重複障害をもっています。

小・中学校を地元の「普通学級」で過ごし、3年の浪人ののち都立高校普通科に入学しました。

その軌跡とともにあるのは、東京の運動体である「障害児・者の高校入学を実現する連絡協議会」(略称、連絡協)です。

連絡協の活動と東京都で障害児が高校受験する際の配慮を紹介するなかで、全国各地での障害者の高校受験の現状と「適格者主義」という考え方にふれ、法的にどのような子どもが高校への入学資格ありと規定されているのかを見てみました。

高校の入学をはばんでいるのは?

前回は、「知的障害の子どもが高校進学を目指すとき、適格者主義というものが立ちはだかる」とお話しました。

「高校は進級・卒業の見込みがある者、つまり一定の学力を備えた子どもだけが入るべきだ」という考え方が入学をはばんでいるということです。

そして、こんなことが法律で定められているのだろうかということで、あらためて法律にあたってみました。

最初に学校教育法という法律を見ましたら、第五十条に「高校ってなにを目指すところか」といったことが書かれていましたが、そのなかには「健全な批判力を養う」という言葉が出てきて、これは問題ありではないかと指摘しておきました。

では次に「入学資格」について見ることにしましょう。

これは同じ学校教育法の第五十七条に、次のように書かれています。

第五十七条 高等学校に入学することのできる者は、中学校若しくはこれに準ずる学校若しくは義務教育学校を卒業した者若しくは中等教育学校の前期課程を修了した者又は文部科学大臣の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

なんだかゴチャゴチャした条文ですが、ともかく少なくとも中学校を卒業していれば誰でも高校への入学資格があるということですね。

「進級・卒業の見込みがある者」なんて、どこにも書いてありません。

では、どうして適格者主義などというものが出てくるのでしょう。

始まったのは1963年から

前回、ぼくは「適格者主義という言葉が、いつどのようにして生まれたか知らない」といいましたが、これについてはここでみなさんに謝らなければなりません。

ぼくはスマホがうまく使いこなせない人間なのですが、ときどきググッてみることもあって、今回「適格者主義なんて言葉、ひいてみて(編集部注:検索して)も出てこないだろうな」と思いながらひいたところ、なんと文部科学省のホームページで出てきました。

2012年7月に開かれた中央教育審議会高等学校教育部会に提出された「課題の整理と検討の視点(案)」という資料のなかの第一章「高等学校教育の現状」に「適格者主義の歴史」といってよい記述があるのです。

(つまり、ぼくは適格者主義についてちゃんと調べることをこれまで怠っていたということで、その点をここでおわびします)

さて、そこではまず「適格者主義」がいつ始まったかが書かれています。

 高等学校におけるいわゆる「適格者主義」については、高等学校進学率が約67%であった昭和38年の「公立高等学校入学者選抜要項」(初等中等教育局長通知)において、「高等学校の教育課程を履修できる見込みのない者をも入学させることは適当ではない」とした上で、「高等学校の入学者の選抜は、……高等学校教育を受けるに足る資質と能力を判定して行なうものとする」とする考え方を採っていた。

「高校の教育課程を履修できる見込みのある者だけを入学させる」というのが適格者主義ですから、この方針がとられるようになったのは1963年だったということがわかります。

このころ高校の進学率が67%という少なさだったということに注目してください。

中学を卒業する100人のうち、67人が高校へ行き、33人が就職していたということです。

しかしこのあと、高校の進学率はだんだんあがっていきました。それで、適格者主義がどうなったかが次に書かれています。

 しかしながら、その後、進学率が94%に達した昭和59年の「公立高等学校の入学者選抜について」(初等中等教育局長通知)においては、「高等学校の入学者選抜は、各高等学校、学科等の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力・適性等を判定して行う」として、高等学校の入学者選抜は、飽くまで設置者及び学校の責任と判断で行うものであることを明確にし、一律に高等学校教育を受けるに足る能力・適性を有することを前提とする考え方を採らないことを明らかにした。

ここでは、「一律に高等学校教育を受けるに足る能力・適正を有することを入学の条件にしない」といっているようですから、一見、適格者主義は廃れたように見えます。

しかしよく読んでみると、「各高等学校が教育を受けるに足る能力・適正等を判定して入学選抜を行う」と書いてあるので、適格者主義が廃されたわけではないことがわかります。

「教育を受けるに足る……」の意味って?

このことを1994年に神奈川県高等学校教職員組合(神奈川高教組)が批判しています。『高総検レポートNo.19』(1994年8月31日発行)から引用します。

 93年初めに『高等学校教育の改革の推進に関する会議』は文部省に最終報告を提出しました。この報告は、全国における『改革』の状況を分析した上で、今後の『公立高等学校入学者選抜の改善方策』を提起しています。その中で、『改善』の基本姿勢は次のように明らかにされています。「高等学校入学者選抜は、昭和59年の初等中等教育局長通知にあるとおり『各高等学校、学科等の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力・適性等を判定して行うものと』と考える」。『その教育を受けるに足る……』あからさまな『適格者主義』の表明です。

この文章に続いて「適格者主義」批判が述べられていますが、それは次回に紹介することにしましょう。

娘・涼さんと

連載27  法的に規定された高校の入学資格

プロフィール
やまだ・まこと
小児科医。八王子中央診療所所長。「子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク」代表。本誌編集協力人。

 

 

 

 

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