障害のある子は、普通学級に行けないの? 

2018年8月24日

『おそい・はやい・ひくい・たかい』連載
小児科医
山田真

連載29 高校入試にのみ採用されている「適格者主義」

◆前回までのお話
小児科医・山田真さんの娘・涼さんは知的重複障害をもっています。
小・中学校を地元の「普通学級」で過ごし、3年の浪人ののち都立高校普通科に入学しました。
その軌跡とともにあるのは、東京の運動体である「障害児・者の高校入学を実現する連絡協議会」(略称、連絡協)です。
連絡協の活動と東京都で障害児が高校受験する際の配慮を紹介するなかで、全国各地での障害者の高校受験の現状と「適格者主義」という考え方にふれ、その歴史をふり返りました。

ひっこんだように見えたのに、かたちを変えて現れて

知的障害者の子どもが高校へ入りたいと希望するとき、壁になるのが「適格者主義」といわれるものだということを前々回にお話ししました。そして、この適格者主義という言葉が1963(昭和38)年に発表された「公立高等学校入学者選抜要項」のなかに出てくることを前回紹介しました。
さらに1984年に発表された「公立高等学校の入学者選抜について」(初等中等教育局長通知)のなかでは「高等学校の入学者選抜は、各高等学校、学科等の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力を行う」と書かれ、一見、適格者主義がひっこめられたようにも見えるとも書きました。
そして、こんなことが法律で定められているのだろうかということで、あらためて法律にあたってみました。
しかし、これは適格者主義を廃するとしたものではなかったのです。
そのことを、たとえば神奈川県高等学校教職員組合(神奈川県高教組)は1994年に指摘し、批判しています。『高総検レポートNo.19』(1994年8月31日発行)に載せられた文章は次のようなものです。前回と重複する部分もありますが、もう一度載せておきます。
93年初めに『高等学校教育の改革の推進に関する会議』は文部省に最終報告を提出しました。この報告は、全国における『改革』の状況を分析した上で、今後の『公立高等学校入学者選抜の改善方策』を提起しています。その中で、『改善』の基本姿勢は次のように明らかにされています。
「高等学校入学者選抜は、昭和59年の初等中等教育局長通知にあるとおり『各高等学校、学科等の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力・適性等を判定して行うものと』と考える」。
『その教育を受けるに足る……』あからさまな『適格者主義』の表明です。しかし、これまでとはやや違った響きをもっています。
いままで『適格者主義』という言葉は、一般的には『高校で学ぶのに適合した生徒の選抜』という意味でつかわれてきました。今回は、高校全体について学ぶことの『適格性』は問うていません。問題にしているのは、『各高等学校、学科等』についての『適格性』です。『高校一般への進学は認める』、しかし『各高校ごとに適格者を選抜しなさい』。
いま『適格者主義』はこれまでとかたちを変えて現れてきたと言えます。
適格者主義はなくなったわけではなく、かたちを変えて現れてきたのだと神奈川県高教組はいうのですが、さらに次のような文章が加えられています。
今回の神奈川県の『大綱』においても、この『適格者主義』の姿勢は貫かれています。前書きにあたる『大綱の制定にあたって』の中には、「生徒一人ひとりの個性や能力、適性を多面的にとらえ、調査書の評定や学力検査などのいわゆる数値のみではなく、生徒の特性や長所に注目した選抜制度とすること」というように書かれています。そして他方では『特色ある高校づくり』が強調されています。
つまり、『特色ある高校』がその『特色』にあった生徒を的確に選抜することが今回の『大綱』の基本姿勢となっています。たしかに『数値のみではなく』という言葉は、一見もっともらしく響きます。しかし、数値『のみ』ではなく、その他の視点も含めた上で『多面的』に生徒の『適格性』を正確に判断しなさい。つまり、これまで以上に正確に『適格性』をとらえ選抜しなさい。『大綱』からはこうした言葉しか聞こえてきません。

(この文章のなかに「大綱」という言葉が出てきますが、これは1994年に神奈川県教育委員会が発表した「高校教育改革の方針」といえるものです)
たしかに、神奈川県高教組が指摘しているように「適格者主義がより厳密におこなわれるように」というのが、1984年に文部省(当時)が出した方針であり、また1994年に神奈川県が出した方針でもあるのです。

定員に満たないのに不合格になる理由は?

そこでもう一度、適格者主義という考え方について検討してみましょう。
たとえば、大学の入学試験で、適格者主義が採用されているでしょうか。具体的に大学の入試を考えてみましょう。
入試は、応募者が定員を超えている場合に、定員分を入学させるために順位をつけることを目的にしておこなわれるものですね。合格者が入学後、大学の授業についていけるかどうかは、入試の成績を見てもわかりません。大学の授業は、高校の授業とまったく別ですから、入試で一定の点数がとれたことが、大学の授業についていける保証にはならないでしょう。
適格者主義は、高校入試にだけ採用された選別法といえると思うのです。
以前にもお話ししましたが、高校入試では定員内不合格ということが起こります。たとえば、ある高校の募集数が200人なのに応募者が180人だった場合、これは当然、全員合格になるはずですが、東京都、大阪府、神奈川県などを除く道府県では不合格者を出すことがあります。
これを定員内不合格というのですが、この場合、不合格者を出した高校に「どうして不合格にしたのか」と聞くと、「総合的判断で落とした」というのが通例です。総合的判断というのは、とてもあいまいな表現で、これを具体的な言葉に直せば「適格者主義にもとづいて不合格にした」ということになるでしょう。
適格者主義というかたちの総合的判断で、障害児が高校の門を閉ざされるという理不尽に対して、ぼくたちは闘ってゆかねばならないのです。
(次回につづく)

娘・涼さんと

連載28 「適格者主義」の考え、いつどこから?

プロフィール
やまだ・まこと
小児科医。八王子中央診療所所長。「子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク」代表。本誌編集協力人。

 

 

 

 

おそい・はやい・ひくい・たかいNo.102
『「平成」の子育ては、難しかったのか。』

好評発売中 本体価格1800円