ちいさい・おおきい 子育て人 育て方

ちいさい・おおきい・よわい・つよい創刊物語

2026年1月28日

2026年2月15日初版 
マツダ・ヒロミ
まえがき・あとがき 山田真 著

お母さんたちが、かろうじて怒っていたころ
1993年10月『ち・お』は誕生した。
小児科医・ワハハ先生こと山田真と
タヌキ先生こと毛利子来を編集代表に、
スポンサーも広告も掲載されていない雑誌とも
書籍ともいえないシリーズは
以後30年に渡って定期刊行された。
その誕生秘話と裏舞台を描いた一冊。
笑わずに、最後まで
読みきれる人はいないだろう。
超真面目に言葉を編んだ人たちは
当時の大人たちは
あまりに奇天烈だった……

定価(本体価格2,500円+消費税)

A5判/160頁/ISBN978-4-88049-346-9

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目次
まえがき 3
まえがきのあとに 6
山田真のまえがき ぼくたちは夢見ていたのだ。 7
30年前のぼくの日記から/よくぞ『ち・お』に出合われた/セブンイレブンで働くまあくん、一人暮らしをするぼくの娘/『ち・お』の編集に関わった人たち/『ち・お』のライターの力量/あの30年間は楽しく、有意義だった
序 とにかく電話が鳴り止まない 19
1993年秋、朝日新聞の記事/理工書の老舗・版元J社/来る日も来る日も電話を取り続け/地獄道の始まり/30歳になるまで『ち・お』は育ち
Ⅰ 創刊前夜1 お母さんたちは、かろうじて怒っていた 25
元号は変わったものの/創刊当時の読者たち/お母さんたちは、本当に頑張った/「よい子」に育っても安心できない/追い打ちをかけた「発達障害」/怒りの炎が消えかけて
Ⅱ 創刊前夜2 昭和の小さな版元で 37
四〇年前の編集業のこと/版元や書店がなくなるシステム/昭和の版元と機器の類/不安はあったのだろうか
Ⅲ 創刊前夜3 駆け出しの編集者が出会った人たち 43
一社めをクビになったあと/出版経理ができたばかりに/面接の日に300万円を握りしめて/100円玉禿がわかる?/勝手に作った名刺/編集のお手本は本屋にある/初の企画本は『校則本』/マジシャンのような師匠・Nさん/若き社会学者を守った居眠りおじさん/「ろうそ」「うんどう」があったころ/養護教員も「闘って」いた/『ち・お』の前身『子どもと健康』/深夜の小児科医の対立/フリーランスとバブル
Ⅳ 『ち・お』誕生の兆し 59
雨の日の再会/毛利子来と原宿で会う/事態は急転直下/創刊号を出すことしか考えていなかった/デザイナーSさんのこと/イラストレーターYさんのこと/四半世紀連続で続いた二人の仕事/出産雑誌のブームに乗って
Ⅴ 『ち・お』を編むということ 71
お喋りから生まれる特集テーマ/クセが強い編集会議/編集委員から提案された特集テーマ/『ち・お』に執筆を求められる気の毒な人たち/予算が少ない、人手もない/広告塔としての「編集代表」/夜間養護教員・北村美佳への根回し/負けた大地に種は蒔かれた/編集部のおきて9ヶ条
Ⅵ 『ち・お』創刊前後のころ 83
季刊誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」0号/初版部数5000の悲哀/広告のない誌面! について/B5判、九六ページ、定価980円(税込)/本は誰かの作品作りではない/特集テーマについて/年に一号くらい……の落とし穴
Ⅶ 『ち・お』創刊後に起こったこと 97
『ち・お』初めての特集編集会議/仕事として『ち・お』に関わる/元疫学部感染症室長は、「カルト」と呼ばれた/保健所での取材/「エビデンス」で憤っていた母里啓子/初版刊行後、即増刷/編集部温泉地へ移転/『ち・お』創刊一周年記念「ふれあいトークキャラバン」/1998年「おそい・はやい・ひくい・たかい」創刊/岡崎勝『お・は』編集人誕生/一九九八年以後の『ち・お』『お・は』のこと
Ⅷ 『ち・お』な大人たち 117
いつも本気ゆえに面白い/おれ、吐いちゃうぞ/おいろけありそで、うっふん♫/山田真が嫌ったこと/おれが悪いのか、おれが泣かせたのか/危機に届いた一筆箋/怪人・毛利子来/おもちゃ箱をひっくり返したような待ち合い室/そうかこの人は黒幕、黒子だったかもしれない/石川憲彦の甘いつぶやき/際立って丁寧な編集部への関わり/圧巻のいじめ考/市民活動実践の人・富山洋子/絶滅危惧種のような大人/「丁寧」なんて虫唾が走る/人の物を盗まずには生きて来られなかった/養護教員・草野喜久恵が守ったこと/始めと終わりの作法/みんな印象的で個性的/寄せ鍋の旨み/豊潤な風味を一番に味わえた
あとがき 142
山田真のあとがき 150