『おそい・はやい・ひくい・たかい』連載
小学校教員
岡崎 勝
この連載は、親御さんや学校で働くみなさんがもつ悩みや困ったことに、「お・は」編集人のボクが率直に答えていく連載です。
炎上覚悟(笑)! どうか、「参考」になればと思います。
もちろん本誌も読み応えがありますから、そちらもどうぞ。
連載最終回 先生にいいたいことを伝えたい! 付録編
今回で最終回となるので、いままで言い足りなかったことや、触れられなかったことのいくつかを書いていきます。
くり返しになるところもありますが、それだけボク自身が重要だと思っているところだと思って読みとばしていただいてもけっこうです。
1) 贈り物は不要だけど、あいさつのできる関係を
一般的には担任とのつきあいは1年です。うまくいけば1年は短く感じるし、コノヤローと思えば、長く感じるのです。
教員のほうも同じで、「子どもはともかく、この親とは早くおさらばしたい!」と思うことはあります。ただし「来年もこの親がいいなあ」と思うことはまずありません。
ボクの新卒のころ、担任が「この親はいい親だよ。来年も担任したいねえ」というので、なぜかと思ったら「つけとどけ」(おみやげ、お中元・お歳暮など金品を贈ること)があるからでした。
最近はまず聞きませんが、昭和の終わりにはけっこうありました。個人懇談で親が現金の入った封筒を担任に差し出して「ウチの子をよろしくたのむわ」などということも現実にあったのです。
かと思うと、もらったお歳暮をそのまま、封も開けずに郵便で突き返す失礼な(笑)教員もいました(ボクのことです)。
いまなら贈収賄に触れる違法行為になりかねませんが、それよりも「ネットでたたかれて」しまうこともあるかもしれませんから、受け取る教員はほとんどいないでしょうし、渡す親もまずいないでしょう。
「そんな親がほんとうにいたんですか?」と思う読者もいるでしょう。でも、いたんですよ! 「そんなことして、成績があがるんですか?」「ひいきしてもらえるんですか?」と思うでしょうが、ちゃんと成績があがり、ひいきしてもらえたんです(笑)。
ふつうの人間は贈り物をくれた人に甘くなります、自然に。だから、ボクたちは疑念を抱くようなことはしないというのが賢明な在り方です。
ただし、「いつもお世話になっています」とか「先日はありがとうございました」くらいはいってほしいです。学校に「いいたいこと」を伝えるときも、その関係がベースにあると話をしやすいと思います。
もし子どもが楽しかったという授業でもあったら(あんまりないでしょうけど)、「先日、子どもが○○の授業、『すごく楽しかった』といって帰ってきましたよ」などといってもらえると、それは殺伐とした多忙のなかでもうれしいがんばりの素になります。
2) 子どもの声を聞き、学校への向きあい方は慎重に
いままで書いてきたなかで難しいことのひとつに、「子どもの声」「子どもの言い分」をどの程度聞くか、尊重するかという問題がありました。
基本的には次の二点です。
まず第一点は、子どもの声をまじめに受けとめるということです。ただし、子どもの意見や報告を誘導しないようにしましょう。なにかあったときだけでなく、日常的な親子関係が重要で、日ごろの関係がいびつだと子どものホンネや事実は聞き出せません。子どものほうが話そうとしません。
もちろん、親子関係は思春期を迎えるにしたがって難しくなるのがふつうです。
ただ、「大事なことが聞いてもらえない」と子どもが思いこむことだけは避けたいですね、親としては。ムダなおしゃべりや冗談、楽しいことなどをたくさん聞く姿勢がないと、話しにくいことも話せません。子どもは、ほめられた話も聞いてもらえないのに、しかられた話はもっと聞いてもらえるはずがないと思うのがふつうです。
「困った話やいやな話も、しかられた話も、失敗した話もちゃんと聞くから話してね」と日ごろいっておかないと子どもはなかなか話せません。もちろん、親がそういってもなかなか「話せない」ものですが。
二点めは、子どもの話をじっくり聞く姿勢をもちつつも、それを子どものほんとうの気持ち、事実だと早のみこみしないことも大事です。疑うというよりも、慎重にということになります。
親から見て、学校の対応は「行きすぎ」だと思うことも、子どもによって受けとめ方がそれぞれちがっていることがよくあります。つまり学校に「批判的に向きあう」のか、あるいは「距離をとるのか」、または「我慢の範囲内」と判断するのかを慎重にということです。
3)抗議や苦情の前に、冷静に考える時間を
ときどき、親から学校に対しての抗議や苦情の相談を受けますが、親が自分の無念を晴らしたいだけなのではないかと思うことがあります。
子どもはそれなりに自分で納得したり、受け入れたり、反発してその場でバランスを考えながら(それこそが育ちなのですが)行動しているのに、親は「気にくわない」ということで、学校や先生をへこませてやりたいという「復讐」や「腹いせ」感情でいっぱいの人もいます。
自分の子どもを大事に思う気持ちはよくわかります。だからこそ、親が動くときは子どもの声をできるかぎり(限界はあると思いますが)聞いてほしいと思います。
そして、親も子離れする努力をしましょう。「正しいこと」は普遍的なものではありません。冷静に考える時間と空間が必要です。ときどき頭を冷やすことが大人には必要なのです。親にも教員にも。
長々と連載を読んでくださってありがとうございます。ボク自身も、親御さん、地域の方、市民のみなさんに鍛えられてきました。
問題や課題はすべて学習だと思い、しなやかな気持ちで子どもとつきあってほしいと思っています。もちろん、学校に勇気をもって意見することをふくめてです。
では、またどこかで。
結論
「問題や課題はすべて学習! しなやかな気持ちで子どもとつきあう」
(おわり)
前回 連載7 先生にいいたいことを伝えたい!(上級編) ――「裁判を起こす」ということについて
おかざき・まさる
1952年愛知県名古屋市生まれ。小学校教員43年め。フリースクール「アーレの樹」理事。1998年より「お・は」編集人。きょうだい誌「ち・お」編集協力人も務める。著書に『きみ、ひとを育む教師ならば』『ガラスの玉ねぎ こどもの姿を写し出す1年白組教室通信』(ともに小社刊)、『みんなでトロプス!』(風媒社)、『学校再発見!』(岩波書店)、『新・子どもと親と生活指導』(日本評論社)、『センセイは見た!「教育改革」の正体』(青土社)、共・編著に『友だちってなんだろう』(日本評論社)、『がっこう百科』(小社刊)など。
おそい・はやい・ひくい・たかいNo.108
『思春期心中
なぜ「大人」になれないのか』
好評発売中 定価(本体価格1800円+消費税)