筆者からのメッセージ

2019年1月15日

小学校教員・「アーレの樹」理事・「お・は」編集人
岡崎 勝

連載2 『きみ、ひとを育む教師ならば』

<筆者からのメッセージ>

自分の仕事のことを偉そうに本に書くのは100年早いとずっと自分に言い聞かせてきた。
『ガラスの玉ねぎ』(2004年刊)という学級通信を本にしたときは、子どもたちと親たちの後押しもあったが、あくまで学級通信として書き、配布したものをそのまま出すということだったので気は楽だった。
だが、本書はあきらかに教員向けの本である。
むろん、親たちが読んでくれてもいっこうにかまわないのだが(実際に親からの評判もいい)、教育関係者を対象とした本である。

教員をやりながら、ボクは学校での「技術」を安易に伝えたり受け取ったりするものではない!という意識が昔からあった。

でも、一切の技術を無視して「人として付き合えばいい」とは言い放てなかった。

「子どもたちと付き合う上でこうやったらうまくいくということもある」とか、「こうやったらいけないんだよ!」ということもだんだん分かってきた。
それを同僚たちに伝えたいと思って書くことにした。
教員からの相談はいまだに多い。
授業や指導の相談から、同僚との関係の相談、勤務時間からパワハラの相談……。
その相談の中で、ある程度はっきりしていることは技術として「ボクはこうやった」「ボクならこうする」と伝えることにしている。
しかし、マニュアルは参考にはなるが、結局はそれを検討しながら自分で創るものであり、決して、右から左へといくものではない。
本書で例を挙げれば、私には「学級は楽しい教室であるべきだ」という原則がある。
それは、実際にどうやったら楽しくなるかという工夫が必要になるし、その工夫をするためには材料やネタ、方法を学び試行錯誤する必要がある。
そうすれば、たとえ失敗しても、その先生の原則を必ず子どもは理解し、先生を信頼し始める。
もちろん授業だけで楽しいを追求していてはダメだということもある。
生活全体に楽しさが必要なんだ。
おもしろい企画にもチャレンジするし、あるときは校則や常識への挑戦であったりする。
楽しさを追求するということは必ず危険が伴い、勇気も必要になる。
また、「知は力なり」でもある。
努力無しで楽しくはならない。
しかし、子どもたちが楽しくなる学級を創ろうと努力することは苦労ではなくなるのだ。
苦役にはならない……というのがボクのやり方だった。
苦役になったとたんに、きっと楽しい学級にはならないだろうなと思う。
さらに子どもの立場にたって授業をするときには、「分からない子どもにもうまく教えられるようにしたい」ということよりも、「子どもの分からないときの気持ちを想像することの方が重要だ」と思うような、そんな気遣いが教室には必要なのだ。
この本はボクの長い経験から、子どもたちによって深く思い知らされた「技術的エッセンス」が現実的かつ具体的に書かれているのである。
きみ、ひとを育む教師ならば

きみ、ひとを育む教師ならば

<以下、本文より一部抜粋>

新学期はシンプル・イズ・ベスト!
自分の担当学年と学級が発表されると、ボクはまず「教室」を見に行きます。
これから始まる新学期、子どもたちと過ごすその教室は何階なのか、そして、階段やトイレは近いのか、奥まった教室で暗いのか……。
救命用具などで教室が狭くなってはいないか?作品などを掲示するスペースはどの程度か?
運動場から近い教室なら、子どもたちはギリギリまで休み時間を使って授業に遅れるだろうから覚悟しなくてはと思うし、四階なら、休み時間にも外へ遊びに行かないかもしれないからどうしようか?などと考えたりします。
いまは、教員の新学期は目が回る忙しさです。
「四月は教室の掲示物がなかなかできない。四月の授業参観には、なにを掲示したらいいかしら?」と悩む声も聞きます。
でも、ボクは、新学期はシンプル・イズ・ベストを心がけます。
あえてあわてて壁や黒板に掲示をしません。
時間割や活動表といった掲示物は、できるだけ子どもたちと少しずつ作っていくのがいと思うからです。
最近は、学校のコンピューターで、「学級環境CD-ROM」やPCソフトのイラストなどを使って簡単に掲示物を作ることもできます。
簡単に作れるのはありがたい。
でも、自分のクラスは、時間がかかってもみんなで作っていこうという気持ちがあれば、それも大事にするべきです。
誰もいない始業式前の教室へ入って、ボクはまず、天井にぶら下がっている蛍光灯をきれいにします。
せめて、ほこりくらいはぬぐっておくのです。
新学期早々教室にほこりがふってくるのはつらいものがありますから。
それから、出入り口の戸の窓ガラス拭きにうつります。
濡らした新聞紙で丁寧に拭くと、すばらしくきれいになります。
これは「出入り口のガラスだけでもきれいにしておくと、教室がすっきり見えますよ」と同僚から教えてもらったことのひとつです。
(18ページから19ページ)

しんどいからこそウソをつく
多くの子どもたちは、親がいなければ自分は生きられないと思っています。
親があっての自分ですから、教員が親を「否定」しても、それがたとえ「正しい否定」でも、すっきりと聞くことはできません。
逆に、「私はどうしたらいいのだろう?」と思い、「こんなにしんどくつらいなら、朝食を食べてきたとウソをいおう」と思うのです。
あまりに見えすいていれば「今朝は食べてきていない、けど、昨日は食べた」くらいの話にするのです。
「生活の基本」とはいえ、こういう親や家庭の事情にふみこむ朝食調べなど、教員が指導する「正しいこと」は、彼らにとってけっこうつらいことなのです。
そのことをボクたち教員は自覚しておく必要があります。
以前、ボクはこういう子どもたちに、牛乳を残しておいて飲ませたり、給食の残りをとっておいて食べさせたりしていたことがあります。
しかし、これは学校的には反則ですから、許可が出ません。
やるなら覚悟がいります。
「先生がやれないなら、私がやってやる」とおにぎりを作ってくれた業務士さんもいました。
教員でないので、単純に同情して、「かわいそうでたまらないので、作ります」と断行してしまうのです。
こういう子どもたちとの話は、もちろんケース・バイ・ケースです。
ボクはときには「お母さんの機嫌のいいときに、『学校で、給食までの時間、おなかすくんだよな』っていってみたら。お母さんもがんばって仕事して、疲れているからたいへんなんだろうけどさ、いいお母さんだよな」と、できるだけさりげなく伝えることもあります。
子どもとの「つきあいの原則」のなかで、親とか家庭の都合を無視しないというのは、いいかえると、子どもの親を否定しないということです。
それは、親を否定されても、子どもはその後の長い時間を、切っても切れない親子の関係のなかで生き続けなければなりません。
そのとき、子どもたちがどう生きるかを、ボクたちが示しえないからです。
(55ページから56ページ)
アイデアは慎ましく提案
たとえば、子育てのトラブルが「愛情不足」だとしても、なぜ「愛情不足」になったのか?を考えなくては解決には至りませんし、それは非常に難しい問題です。
そもそも「愛情不足」とはなんでしょうか?
わかりやすいキメ言葉は、中身がいまひとつ曖昧なのです。
こういう、キメ言葉のもつ、わかったつもりにさせるマジックに、ボクら教員は騙されてはいけません。
困っている親の側で、教員は立ちつくすだけです。
いや、立っていることしかできません。
話を聞き、ときどきは稚拙でも「ダメもとで、こうしてみたら」といってみる。
それも、謙虚にいうことです。
多少、親から冷たいと思われても、ボクたち教員は、子育ての達人ではありません。
教員自身だって、自分の子育てに自信をもっているわけではないのです。
そのことも、率直にいうべきでしょう。
まして、子育て経験のない教員は、言葉に慎重にならざるをえません。
しかし、子育てをしていないからといって、遠慮する必要はありません。
もっとも、遠慮しないということはぶしつけでもいいということとはまったくちがう、ということも覚えておかなければいけませんが。
子育ては、親が「覚悟」するしかないのだといいました。
そして、ボクたち教員は、常に謙虚に、高見からでなく、親のたいへんさをできるかぎり理解するように、いっしょに頭を抱えることが必要なのだと思います。
そして、もし、なにかアイデアがあったら、慎ましく提案することだと思います。
もたれかかられないように、かつ見放さないように。
つまり、徹底した、ケース・バイ・ケースとバランス感覚をもった、微妙で難しい立場をとるほかないのです。
(104ページから105ページ)

『きみ、ひとを育む教師ならば』岡崎勝 著 2011年刊行

前回 『みまもることば』石川憲彦


おかざき まさる
1952年愛知県名古屋市生まれ。小学校教員43年め。フリースクール「アーレの樹」理事。1998年より「お・は」編集人。きょうだい誌「ち・お」編集協力人も務める。著書に『きみ、ひとを育む教師ならば』『ガラスの玉ねぎ こどもの姿を写し出す1年白組教室通信』(ともに小社刊)、『みんなでトロプス!』(風媒社)、『学校再発見!』(岩波書店)、『新・子どもと親と生活指導』(日本評論社)、『センセイは見た!「教育改革」の正体』(青土社)、共・編著に『友だちってなんだろう』(日本評論社)、『がっこう百科』(小社刊)など。

 

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