ジャパマ編集部からのおたより

2019年3月11日


ジャパンマシニスト編集部

【書籍紹介】
香害をめぐる気になる本 その2
『香りブームに異議あり』(緑風出版)

香害をめぐる気になる本 その2をご紹介する前に

いま、「香害」「化学物質過敏症」という広がりのなかで、多くの被害者は混乱し困窮しています。ネットのなかでは、情報交換や励ましあいとともに、フォローにブロックと異論口論もあったりして。
それでも、ネットの声は時間をおうごとに増えているいるように私には感じますが、同時に声をあげようにも、場もなく体力もないという方もきっと多数おられるでしょう。
そんななか、Twitterでは、「人工の香りで不調になる」という一方、「香りやニオイではない。無臭でも反応する」「嗅覚や神経の問題に集中するのはおかしい」といった声も繰り返しみられます。

私は、資料を読み、取材をすればするほど、やはり結論はでず「複合的である」という見方が必要だと考えているところです。人に起こっていること、海洋や河川、大気、室内環境と、いわゆる専門の研究者も研究や調査を進めていることはわかりました。けれど、そこで行われている研究の何らかの「結果」が伝わってくるのですら、数年先のことになりそうです。
さらに、いまはまだ「香害」に迫る糸口をもつであろう研究者達に、被害の実態すら知らされておらず、この研究者たちをつなぐラインも場もありません。
ここに、被害の声も含めて「香害」の実態を知らせる必要があります。過去、「シックハウス症候群」が問題になったとき、「化学物質過敏症」という症状名がレセプトに明記することを認めた厚生労働省も、症状はあることを認めたものの「本当のところはどうだろう? 説明のつかない問題だ」として半ば棚上げしたままというのが、現状です。
厚生労働省がしかと認めないものを、多くの臨床医は認めがたい。一部、環境という視座から人間を診る先駆者だけが、「化学物質過敏症」として診療を続けています。
先駆者たちも、「結論」にいたっているわけではなく、被害を目の当たりにして、またご自身の体験から、なんらかの化学物質があきらかに悪影響を与え、少なくない人たちが不調を訴えている。そして、それはやがて、一部ではない人たちにも影響がでるという警告を、数々の研究と導き出された仮説から訴えておられるのです。
いまは、研究者・臨床医と被害者が同じテーブルにつき、被害の縮小と発症してしまった人たちへの対処を考えていくべきではないでしょうか。そこでは、同時にテーブルについてくださるさまざまな分野の研究者や臨床医が必要です。
すでに、シックハウス症候群や電磁波過敏症については、そうした動きが少しありますが、「香害」にはまだありません。
そして「香害」は、まさに香り、嗅覚神経との絡みを抜きには語れません。

ともすると、話が嗅覚の問題に偏ったり、また毒性の問題に偏ったりしがちですが、そのどちらからもこれまで科学の世界で了解されているなかで、探ること。そのうえで、未知のこと、科学の常識を超えたことが、起こっているかもしれないこと。なにより、被害の声があることの前提に立って、救われる道を求めるべきだと思うのです。
そのとき、被害の声を伝える私たちにも心得が必要かもしれません。
というのも、私たちは存外に自分の人間の身心のことを学ぶ機会を持たずに来ました。これは、私自身にいえることなのですが、みなさんはいかがでしょうか。そこを大きく欠いたままでは、どんなに心ある専門家や臨床医がいたとしても、同じテーブルにつくことはできません。
化学や医学、環境といった話は、すべからく科学的思考や探求の結果それなりのベース、スタンダードなものをルールにして、いま起こっている状態を判断するものです。もちろん、私たちは化学や医学の専門家にならなくていいのだとも思います。
でも、そのスタンダードなものをある程度知り得ていないと、それは信心になってしまいます。己がそう思うことが結論だとしてしまうと、サイエンスになりません。サイエンスには疑いのない「結論」はないのです。

このサイエンスの基本、科学という言葉の意味がすれ違っていると、どんなに情報を持ち得てセミプロになっても多くの被害者が望む問題の解決にはつながらない。そこで、言葉や知り得ないことは専門家に率直に聞くこと、また専門家は私たちの素朴な疑問には解説ができる力と人格を求めたいと思います。
さらに、大上段にいわせて頂くと、明日、大逆転の発見がある。それを3000年ほどくり返してきたのが近代科学です。……と書きながら冷や汗をかいています。サイエンスとはなにか? と語る前に中学理科を読め!という声もします。
汗をかきかき申し上げれば、サイエンスは信じるという世界とは別物。「香害」という被害を受けたとき、わが身に起こったことを信仰に救いを求めるという方法もあるでしょう。けれど、それを現社会で暮らす人、とくに行政や医療者、教育関係に携わる方たちに理解を求める場合、ここは信心だけでは説得できません。敵方の人にでさえ、「明らかにそれはそうだ」という話が必要です。
あまりに飛躍した論理や、これまでの常識に反することは、まず受け入れてもらうことは難しいのだがなあと思うのです。

香害をめぐる気になる本 その2 『香りブームに異議あり』(緑風出版)

ご本の紹介のまえがきを、長々とお高いところから失礼しました。
きっかけとなった2冊目の本のご紹介です。

香害をめぐる本を企画して、被害の声のアンケートを呼びかけたところ、2冊の本を献本頂けることになりました。
その1冊が『香りブームに異議あり』です。2018年9月に刊行されたこの本の筆者は、オーストラリア現代文学を代表する作家・ケイト・グレンヴィルさんです。
日本で「香害」という言葉が生まれたのは、この10年内外。それ以前に、「スメルハラスメント」という和製英語がネットのなかで使われ始めていました。体臭や口臭、極端な香水の香りを他人にむけることを非難した言葉。皮肉なことにこれらの対策や応用として「香りのブーム」が起こってしまいました。
しかし、欧州などもともと香水文化のあった地域では、以前から香料とアレルギーや発がん性の問題が指摘されていたようです。そんな記事を読んだ記憶があるのですが、わが身のこと、自国で香料をめぐってこのような事態になるとは思いもよらず、本当に常々迂闊に暮らしているのです。

これまで、「化学物質過敏症」が話題になったのは、シックハウス症候群であったとすでにお話をさせていただきました。
このシックハウス症候群については、ぜひ先の『化学物質過敏症』を読んでいただきたいのですが、今回の「香害」からはじまった「化学物質過敏症」は、とくにそこに「香り」、しかも通常は「よい香り」といわれるはずの商品が関わったことで、事態は混乱とともに、新たな展開を予感することにもなりました。
体調不良を訴える人のなかには、「香り」ではなく「なんらかの物質」によって反応がでるという方もおられます。ですから、「香りだけの問題」にしてしまうと、問題の本質がみえないということになります。
ただ、嗅覚の存在は微妙です。
それこそ、まだ多くのことが謎に包まれている器官です。意識できる「ニオイ」がなくとも、なんらかの物質を拾い、仕分けをして、体に影響が出ている可能性もあります。危険を察知するDNA がそこに関わっているかもしれません。未知です。体調不良を起こすことがなければ、かなり面白い世界といえたかもしれません。
複合的にいろいろな説があること、実際それは私たちの身心に複合的に影響を与えているのでしょう。ただ、そういう結論に至る前に、ぜひとも読んでおくべき1冊がこの『香りブームに異議あり』です。
「香害」には、また独特の問題があるのだなあと、思っていた折も折、翻訳者・鶴田由紀さんよりご連絡を頂き、献本もいただいたのでした。ところが、せっかくお送りいただいた本を読み出すまでに少し時間がかかりました。資料や本に囲まれて普段考えもしない世界と格闘していたのです。
そんなある夜、かのレイチェル・カーソンの『沈黙の春』の一節から始まるこのノンフィクションに、どっぷりハマりました。

集めた資料を読み解くヒントもたくさん詰まっていました。しんどくなりがちなテーマにもかかわらず、語り口がおしゃれ。なにより、次々に掘り下げられる人口香料の裏の顔への迫り方は、科学の筋がきちんと守れていました。
翻訳をした鶴田さんも化学物質過敏症を発症されたお一人です。
それも、この本に力を与えたと感じます。
不快で苦痛を与えられ続けている「人工香料」に対して、ときになぜかなまめかしく色艶を感じるような文章で迫ります。
だれに向かってなにをそそる感じがするか? といわれれば言葉になりませんが、その筋の研究者諸氏? 香料をこよなく愛する人々に? なにも知らずに「シャネルのビンテージ……」とか嬉々としている人に? それらの人々の容姿までも浮かんでくるような世界がずんずん展開していきます。
いずれも、研究者の原文にさかのぼり、論を展開するというところはサイエンス・ノンフィクションなのです。けれど、さあ、読んでみてくださいましな。「香害」や「香水」とは縁がない、というそこのあなたにもおすすめです。
そして、翻訳者である鶴田由紀さんの巻末の言葉も圧巻です。そうなんです。筆者は「香害」を振りまく人たちに対して、この本のなかで常に寛容。強いニオイを振りまいて、他人に危害を加えていることに無自覚な人にも。そこはちょっと素敵すぎるぞ、と私は思っていました。
けれど、鶴田さんはその率直な思いを巻末に書いてくださいました。
「筆者は本書でそうした人たちに寛容な姿勢を示していますが、私は彼らに対して許せないという気持ちを強く持っています。いったい、なんの権利があって、こちらの生活を侵害してくるのだと、怒りがこみ上げます。
しかし、一方では彼らこそが本当の被害者だと思うのです(後略)」
すっとした。この「訳者あとがき」を読みおえたとき、前のお宅の洗濯臭は消えていて、カーテンが夜明けを映していました。
鶴田由紀さん、献本をありがとうございました。
2019年3月13日 編集部 松田博美

『香りブームに異議あり』
ケイト・グレンヴィル 著/鶴田由紀 訳
2018年9月30日
緑風出版
ご注文は全国書店・緑風出版へ
http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1814-3n.html